【歯科トピック】歯周病検診に関する研究
はじめに
現在、わが国では市町村単位で歯周病検診が行われており、その受診率の向上に向けた様々な対策が講じられています。今回は、<歯周病><AI>をキーワードとした、歯周病検診に関する研究について、紹介します。
歯周病とは
ここで、歯周病とは、細菌の感染によって引き起こされる炎症性疾患です。
歯と歯茎(歯肉)の境目(歯肉溝)の清掃が行き届いていないと、そこに多くの細菌が停滞し、歯垢が蓄積され、歯肉の周辺が炎症を帯びて赤くなったり腫れたりしますが、ほとんどの場合、痛みはありません。
そして、進行すると歯周ポケットと呼ばれる歯と歯肉の隙間が深くなり、歯を支える土台(歯槽骨)が溶けて歯が動揺するようになり、最終的には抜歯をしなければならなくなってしまいます。
また、近年の研究で、歯周病は糖尿病などの生活習慣病や、認知症、心筋梗塞といった全身疾患と深く関わっている可能性があるということも分かってきています。
医療現場でAIが担うこと
AIとは、Artificial Intelligenceの略語で、人間が持っている、認識や推論などの能力をコンピューターでも可能にするための技術の総称を指し、人工知能とも呼びます。
AIを応用したシステムとして、専門家の知識をデータベース化して問題解決に利用するエキスパートシステムなどの例があります。
医療の場面では、AIを組み込んだアプリケーションは、治療や投薬、レントゲン画像診断などの個別化に効果を発揮します。また、AIを活用した医療施設における見守りサービスやどこでも簡単に医療診断を受けることのできるAI搭載アプリなどの開発が進められています。
大学+民間による歯周病の研究について
国立大学法人東北大学(以下、東北大学)と株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)による、スマートフォンで撮影した歯肉の画像から歯周病を発見するAIの共同研究が2019年4月から開始されています。
歯周病は、20歳代で約61%、40歳代で約71%、60歳代で約75%1)の方に所見がみられ、今後ますます進行する高齢社会に向けて関心が高まっています。
歯周病を発見するために有効である歯周病検診は、歯科医院などの診療時間内といった限られた場所や時間帯でしか受診することができません。40歳~70歳を対象とした歯周病検診の受診率は全国で4.3%と推定されており2)、重症化してから歯科を受診することも珍しいことではありません。
この課題を解決するために、スマートフォンで歯肉を撮影するだけで歯周病を発見できるAIを共同で開発する研究が始まりました。具体的には、スマホアプリを使って撮影時の手振れや撮影環境の明るさの違いを考慮しながら、歯肉の色情報や歯周病独特の形状などを解析し、歯周病のリスクがあるかどうかを判定した上でユーザーに通知します。
この技術を用いることで、利用者が自宅や職場などでスマホを使って気軽に歯周病のリスクを把握でき、歯科医師とのコミュニケーションの接点や活性化に寄与すると考えられます。これにより、歯周病検診の受診につなげることで重症化を予防することが期待されます。他にも、歯科医師が訪問診療で持ち運ぶべき器具が減るといったメリットがあるとしています。
東北大学が持つ口腔疾患の専門的見識や画像などの症例データに基づいて、歯周病のリスクを予測する機械学習モデルを作成します。認識精度については、現時点では理想的な条件で8割程度とのことですが、一般ユーザーに自身のスマホで撮影してもらうシーンを想定すると、前述したような顔の角度や環境光の相違、手振れの影響など認識上の課題も多く存在します。
これらの課題に関しては、今後、サンプル数の増加や機械学習の改善、ディープラーニング(深層学習)などにより一般的な環境での認識精度を上げたいとしています。
ドコモによると、アプリをどのような形で提供するかは今のところ未定で、将来的には歯科医師への提供や、法人向けの診断に取り入れてもらうことを考えているとのことです。
AIが発見する口腔疾患としては歯周病だけではなく、顎関節症や口腔がんなども発見できるような研究が進められています。
歯周病検診の重要性
最後に歯周病検診の近年の受診率は微増傾向となっています。これまでに行われた歯周病検診にまつわる調査結果によると、個別通知が行われたり、自分の希望する日程や場所で受けられる方式にしたり、検診にかかる自己負担金が抑えられたりしている地域では受診率が高い傾向にあります。このことから、受診者の時間的、空間的、経済的な制約を緩和し、歯周病検診を受けやすいような環境を整えることが求められます。
また、歯周病などの口腔疾患の予防や治療、あるいはメンテナンスにあたっては、歯科医師による視診や触診の上で速やかに適切な診療を受けることが重要であると考えられます。
歯周病検診のみならず、かかりつけ歯科医院などで定期歯科健診を受けることは、私たち1人1人が口腔の健康に対する意識を高め、日々の生活習慣を改善することにつながり、生涯にわたる全身の健康状態の維持や向上に貢献する可能性があると考えられます。
歯科医師 矢田部 尚子
1)厚生労働省,平成28年歯科疾患実態調査を用いて算出 2)矢田部尚子,古田美智子,竹内研時,須磨紫乃,渕田慎也,山本龍生,山下喜久.歯周疾患検診の推定受診率の推移とその地域差に関する検討. 口腔衛生学会雑誌,Vol.68, No.2, pp.92-100, 2018.